中学校教師を退職後、家業である町工場を事業継承する。しかし、新型コロナウィルスなどの影響を受け、自主廃業を選択する。その後、「自分にできること」を模索し、2022年9月に沖縄県本部町地域おこし協力隊(教育魅力化スタッフ)として働く。 2025年3月『ai no iro festibaru』の屋号を掲げ、「琉球藍を通じた自信と居場所のきっかけづくり」となる事業を開始するために現在奔走中である。
私は「“琉球藍”で誰もが幸せを感じられる。戦争から一番遠い世界を創る。」ことを目指します。それは、「自分の幸せ」と「大切な人を幸せにする」「幸せの輪を広げる」こ...